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ねこすてざか

猫捨坂

豊島 与志雄

「新文学」1948(昭和23)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,043 字 · 21 页

青空文庫

不吉な予感がした。母の死が感覚される。

異臭が漂ってくる。地下室内の死体の臭いだ。また、母の病室内の臭いだ。母。この俺を、この肉体を、胎内ではぐくみそして産んでくれた母が、どうしてあのような臭い汚物を垂れ流すのか。子宮癌、それはただ病気で、そのためだということは分っている。だが、あの腐爛は、情けない、悲しい。母……ばかりではない。俺の周囲のすべても異臭にまみれている。ここに行き倒れていた女を嗅いでみろ。捨て猫を嗅いでみろ。友人が、いや誰かが、嘔吐したものを嗅いでみろ。病室に寝起きしてる姉を嗅いでみろ。荷車をがらがら引っぱってた夫婦者を嗅いでみろ。俺があすこでキスした女の歯糞を嗅いでみろ。ありとあらゆるものを嗅いでみろ。

いつしか、彼奴の姿がまた現われて、傍にぼーっと立っていた。

「なんだ。」

「早く行け、早く行け。」

「どこへ行くんだ。」

「好き勝手なところへ行け。」

見返すと、姿は消えてしまった。好き勝手なところ、そんなところがあるものか。たといあったにせよ、逃避は嫌だ。意力で開拓する方向を俺は辿りたいのだ。猫捨坂の異臭を、風よ、吹き払ってしまえ。

俺は一歩一歩足をふみしめて、坂を下りて行った。