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ねこすてざか

猫捨坂

豊島 与志雄

「新文学」1948(昭和23)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,043 字 · 21 页

青空文庫

」

どこへ行けというのか。俺にだけ言ってる言葉ではあるまい。病苦の中にある母に向っても、看病疲れの姉に向っても、あのタンクの中に焼け爛れる死骸に向っても、それは言ってるのであろう。世の中に向って、世界中に向って、言ってるのであろう。

姉の手が俺の膝をつっ突いた。それから姉は母の眼を指差した。

その眼はまだ見開いたままである。

「どうしたんでしょう。」

泣くような低い声だ。俺は沈思の中で身じろぎもしなかった。姉は母の方へ顔を寄せた。

「お母さん、どうしたの。」

母は事もなく頷いて、そして眼を閉じた。瞼がすっかり落ち窪んで、よく合さらず、薄目を開いてるようである。頬骨が高くなり、鼻が尖り、唇もかすかに開いている。耳の後ろにはもう全然肉がない。

「眠りなすったようね。」

姉はつぶやいて、太い息をつき、手枕で上体を横たえた。

どうせ助からない病人とは分っていたが、数日前から急に悪化して、食物も殆んど喉を通らなくなった。始終むかむかして嘔気があり、臭いおり物には殆んど自覚がなく、時折、疼痛を訴える。その側に、姉は炊事以外は付ききりなのである。姉自身も痩せて、顔色がくすんできた。