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ねこすてざか

猫捨坂

豊島 与志雄

「新文学」1948(昭和23)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,043 字 · 21 页

青空文庫

せめて半夜交代にでもしようと俺が言っても、姉は承知しない。最後まで自分で看病するつもりなのだ。おむつの世話は男には無理だと言う。病室内の異臭ももう身について、いっこう気にならないらしい。

病室は四畳半。次の六畳に、姉の夫と二人の子供とが寝る。夫はその職場に時間外の居残り勤務までやって、一家の生活費を一人で稼ぎ出さねばならない。母が病臥して以来、彼の体にも無理がたたって、めっきり老けてきた。二階にも一家族、貧しい人々がぎっしりつまっている。至るところ人間臭い筈だが、体臭よりむしろ埃臭く垢臭いのだ。泣くのは子供たちだけで、大人たちは心から笑うことさえもない。

ただ一度、姉が泣いてるのを俺は見た。母のおむつを洗ってるところへ、近所のお上さんが来て、大声で言った。

「たいへんですねえ。大人の赤ちゃんのお世話は、骨が折れるでしょうね。」

そのあとで姉は、縁先でしくしく泣いていた。お座なりの同情にセンチになったのではあるまい。あるいは皮肉を口惜しがったのでもあるまい。母がまるで赤ん坊のように垂れ流しになったことが、悲しかったのであろう。しくしく泣いていて、どうにも涙が止らない様子だった。