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ごくちゅうへのてがみ

獄中への手紙

宮本 百合子

06 一九三九年(昭和十四年)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 374,755 字 · 745 页

青空文庫

をかいている。そこに本位田の祖先に当る婆様が出て来るのですが、今日の本位田先生のお覚えのこともあって、この鬼のような婆さんはやがて改心して仏心にかえる。武蔵を愛して居り、武蔵も愛している娘でお通というのがあります。昨夜、仕事の途中でおなかすかして台所でものの煮えるのを待ちながら夕刊ひろげたら、佐々木巖流というのと武蔵が仕合に出てゆく海辺で、やっと辛苦の末武蔵にめぐり会ったお通がその訣れの刹那、武蔵に胸にすがりたいのを人目にこらえつつ、涙の中から「ただ一言……ただ一言」云々と妻と云ってくれとたのむと、武蔵が「わかっているものを口に出しては味がないのう」とか、吉川張りで云うのです。が、そこを読んで私はひとりの台所で、一種の感情を覚えました。そして、何となしにやりとした、大衆作家のとらえどころというものを。ただ一言、云ってほしい言葉というものをもっているのはお通だけでしょうか、そう思って。体じゅうにその言葉は響いていてそのなかに自分の心臓の鼓動をも感じているほどであるのに、やっぱりきいて、きいて聴き入りたい一ことというものはあるのね。ここのところが面白い。