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たまとりものがたり
玉取物語
久生 十蘭
「別冊文藝春秋 第二十四号小説二十人集」1951(昭和26)年10月30日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,495 字 · 19 页
とお命じになり、あおのけに寝たまま筆をとって、
身を責むる讐をば斬りつ更にまた
よき敵もがな組打ちにせむ
という一首を大槻にお下渡しになったは、早くも療後の馬上の組打を意図してござる証拠にて、勇ましとも勇ましきかぎりであった。
その頃の日記に、
さらば如何にすべきと問うに、その悪しき玉を切り捨つる法はあれども、未だ我国にて行いしことのなければ、容易からずと医師は言う也。されど、とにもかくにも此のまま過ぎ行くは、死ぬべき道に出で立行くにて、立帰る期のあらざるを、いかでかその術を行いてよ。療する術あるを聞きながら、ただに死ぬを待つこそ烏滸ならめ、その術ようせずば死なんのみ。さりとても戦いの命を縮むるまでにて、ついに苦しみ悩むかぎりを尽して死なんにまさりぬべしと切に乞う心となりぬ。
殿の御存念がかようにある上は、医師の方に逡巡のあるべきいわれはなく、大槻「いろいろと取調べ、更速に着手いたしましょうずるが、独、暫時、実検の時を給え」と申して退った。
翌日の夕景、下谷御徒町和泉橋通りなる伊東玄朴の宅に、江戸の蘭方医二十余名が参集し、御物摘出の外科方を相談した。