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りそうのおんな
理想の女
豊島 与志雄
「新小説」1920(大正9)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,162 字 · 77 页
みさ子が乳をほしがって泣き出す。私の危っかしい「よいよい」がまた初まる。子供は笑ってるかと思うと泣き、泣いてるかと思うと笑っている。その可愛いい口に唇づけすると、私の唇をちゅっちゅっと吸う。たまらなく可愛くなる。それでも、秀子が帰ってくると、私はすぐに子供を奪われてしまう。「おうよしよし。」と云って彼女は子供に頬ずりをする。私は黙ってそれを傍観するのだ。乳母を雇わないで自分の乳で子供を育てる彼女の気持ちが、私にも分るような気がする。それが私を苦々しい気分になす。そのうちにまた昼食だ。朝が遅いので、私達は昼に麺麭と牛乳とを取っている。所が秀子は、歯が痛いと云って牛乳だけを飲み、而も乳のためと云って二合近くも飲み、そのまま右の頬を掌で押えて、黙り込んでしまう。私は一人で淋しく麺麭をかじる。彼女は子供をはるに預けて、長く坐り込んで動こうともしない。それから俄に、上機嫌か不機嫌かがやってくるのだ。上機嫌な時には種々なことを饒舌る。歯医者の家で逢ったどこそこの奥さんが、こんなことを云ったとか、芸者がどんな着物を着て歯の療治に来ていたとか、今度みさ子を連れて伯父さんの家へ行こうとか、子供があっては芝居にも行けない――それも別に不平の調子でではなく至って殊勝な調子で――などと、いろんなことを云い出す。