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りそうのおんな
理想の女
豊島 与志雄
「新小説」1920(大正9)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,162 字 · 77 页
そして偉大なる産みの力……而も案外安々と胎児は生れ出た。私の眼からも、彼女の眼からも、熱い涙が迸り出た。何という崇高な感激だったろう!
所が、分娩の感激を通り越してから、私達の心は異った方向へ外れ初めたのである。赤児に対する私の恐れは、赤児の発育と共に愛に変ってき、産褥に在る彼女の身体も無事に肥立ってゆき、そして産後六十日ばかりして、私達はまた健全なる夫婦として顔を合せた。然し予期したような生活は、私の前には展開せられなかった。
否、私は初めから、新たな生活を予期してはいなかったのだ。私が頭に描いていたのは、昔の生活そのままだった。私は生活を更新することを考えないで、秀子の妊娠によって、中断せられた古い生活の復活のみを、考えていたのである。分娩の後に育児ということが横わっているのを、私は勘定に入れていなかった。
私は私の全部を以て彼女に対しだした。そして彼女も彼女の全部を以て私に対してくれることと、予期していた。その予期が凡て裏切られてしまったのだ。「子供が居るから。」ということは、彼女の最後の而も至当な口実だったのである。
二人で郊外へ散歩にゆき、または音楽などを聴きに行く――二人の生活を純化し向上するもの――それが殆んど出来なくなったことは、私も別に憾みとはしなかった。