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りそうのおんな

理想の女

豊島 与志雄

「新小説」1920(大正9)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,162 字 · 77 页

青空文庫

私はその晩、そういう瞬間にあった。そして、骸然と夢から醒めたかのように、或は一挙に悪夢の中へ投げ込まれたかのように、強い衝動を受けて椅子から立上った。……向うの襖がすーっと音もなく開いて、秀子が、石のように身を固くした秀子が、真直に私の方へ歩み寄って来たのである。彼女は総毛立った顔をしていた。真蒼な頬に深い皺を刻んで――私が嘗て見たことのない生々しい陰惨な皺を刻んで、底光りのする眼が、影のない硝子のような眼が、露わに飛び出していた。朝顔の花が淡く絞り出された単衣の寝間着を着、細帯を腰に巻いたままのその姿は、下半身に受ける電灯の光りが弱々しいせいか、宛も幽霊のように思われた。私は息をつめて、一瞬間無言のうちに彼女と向き合ってつっ立った。それから、最初の驚きをほっと一息吐き出すと、初めて現実に返った。やはり秀子自身だった。寝ていたのを起き上って、そっと私の室へ上って来たのであった。私はまた椅子に腰を下した。

「どうしたのだ、そんな姿をして。」と私は云った。

秀子は私の卓子の横の方へ、他の椅子を引寄せて腰掛けた。暫く黙っていた。落付き払っていた。そしてこう尋ねてきた。