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せいしまんじどもえ
生死卍巴
国枝 史郎
「雄弁」1928(昭和3)年9月~1929(昭和4)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,598 字 · 182 页
いずれも導師が祈祷をしたり、読経を行なう所らしい。
その中の一棟の建物の床から、泉が湧き出して流れてい、その流れの岸の辺りに、黒い色の石が据えてあった。
が、もう一棟の建物の横には、三基の墳塋が立てられてあり、その前にも燈明が点されていた。
茅野雄には解っていなかったが、それらの建物や墳塋や泉や、黒石などは回教の本山、亜剌比亜のメッカに建てられている、礼拝堂に則って作られたものであった。
すなわち泉はザムであり、また黒石はアラオであり、墳塋は教主のマホメットと、その子と、弘教者のオメルとの墳塋で、回教の三尊の墳塋なのであった。
そういう建物や墳塋を蔽うて、洞窟の壁と天井とがあったが、壁の面にも天井にも、さまざまの彫刻が施こしてあり、いろいろの装飾が施こしてあった。
そういう洞窟の一所に立って、茅野雄と浪江とは神像を眺め、言葉もなく黙っているのであった。
幾人かの人間を切ったことなど、茅野雄の考えの中にはなかった。今にも覚明を初めとして、丹生川平の郷民達が、洞窟の扉を破壊して、ここへ無二無三に殺到して来て、自分達を討って取るだろうという、そういう不安さえ心になかった。