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たはらしのはんざい

田原氏の犯罪

豊島 与志雄

「黒潮」1917(大正6)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,957 字 · 57 页

青空文庫

という感情と似たものであった。その感情の底にしみ込んでくる在るがままの不満な感じであった。彼はそのうちに浸りながら、「何を為すべき乎」を考えなかった。「何を為すべからざる乎」は猶更考えなかった。ただ「在る」ことを感じていた。それが堪えられないほど佗びしかった。

田原さんは身を起して、二階から下りてゆき、妻と子とに言葉を交わし、それから水で顔と頭とを洗ったのである。すると憂欝な感情は消えたが、その後に頭の中に妙にぼんやりしたものが残ったのである。

田原さんはまた二人の所へ帰って来た。

其処にはバナナと冷やした牛乳とが出されていた。彼は砂糖の甘い牛乳にバナナをつけて食べた。

「良助はまだ帰って来ないか。」と田原さんは尋ねた。

「まだですが、もう間もなく帰るでしょう。」

それから田原さんは二階の書斎に上った。毎日午後に昼寝をして、それから夕食まで書斎に籠ることは、彼の殆んど毎日の日課であった。

書斎には和洋の書籍が沢山つめこまれた本箱が二つ据えてあって、その中央に紫檀の机が一つあるきりだった。田原さんはその机に向って、時には専門の電気に関する新著を披いたり店の経営に関する考案を廻らしたりすることもあったが、多くは古今の物語り類を耽読したり、机の上に頬杖をついて外を眺めたりした。