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でんえんのまぼろし

田園の幻

豊島 与志雄

「世界評論」1950(昭和25)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,053 字 · 17 页

青空文庫

一つは、私と花子と何かの関係があったらしいという意見であり、一つは、出奔の荷物なら私によりも三人の情人の誰かに預ける方がよかったろうという意見である。その両方に対して共に宗吉はひどく腹を立て、私の前でも罵った。

柳甲李の秘密が明るみに出てから、私は花子の事件に興味を失ってしまった。と同時に、私は別のことを感じた。私自身はやはり村人にとってはあくまでもよそ者であったこと、この田舎にはやはり古い伝統が根深く残ってること、私の神経はちと田園向きでなく繊細すぎること、などである。

私をかすめた死の影は力として薄らいでも宜しい。闇夜の太鼓の怪しい遠音は再び蘇らないでも宜しい。投網の夜打ちの清爽な感覚は色褪せても宜しい。然し、そういう自然の雰囲気に対して、人間は如何に卑小であったことか。

私は花子のぶしつけな信頼を有難く思う。と共に、花子の鬼子母神の守札を悲しく思い、貞操の問題は別としてその妊娠の無知を憐れに思う。出奔の意志が彼女にあったとなるならば、なぜ、ただ一人で凡てから出奔するだけの勇気が持てなかったのであろうか。農村の人事は人間をがんじがらめにするのであろうか。