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たざきそううんとそのこ

田崎草雲とその子

吉川 英治

「文藝春秋 夏期増刊号」1932(昭和7)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,568 字 · 40 页

青空文庫

『おお、江戸の飛脚――』

と、松蔵を見かけるとすぐ、

『今、よそでも聞いたが、先生の御子息は、江戸で、自殺されたというじゃないか。それは、まったくか』

『もう、御重役にも、お報らせが参りましたか。悲しい事には、それはほんとでございます』

『うーむ、して又、何処で』

『伝法院の火之見横丁で――ヘイ前に、お住居になっていた空家でございました。御夫婦ともに、膝をならべて』

『御子息は、腹を召されたか』

『横に、こう一文字に斬って、前へ、お倒れなすって居ました。背中から、刀の切ッ先が、二寸ばかり突き抜けて』

『お房どのは』

『短刀で、乳房を突き、そして喉を……』

湯沢も安田も、胸がわくわくして、それ以上訊かれなかった。この悲報をうけとった草雲の気持を考えると、たまらない気がするのである。

『では、なぜ早く、先生にお告げせんのだ。手紙でも、持って参ったか』

『はい、もう、お渡しいたしました』

『なに、もうお告げしたのか。はてな、それにしては、ばかに、お静かだが……』

と、胸騒ぎを抑えて、二人が、二階へ上ってみると、草雲は、さっき訪ねた時と、位置も、顔いろも、寸分も変らないで、一心に、絵絹へ向って、背をかがめていた。