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ゆふいんこう

由布院行

中谷 宇吉郎

「社会及国家」1926(大正15)年5月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,779 字 · 14 页

青空文庫

川端で鯉を料理して、その腸を雛子にやると、大騒ぎをして喰べた。鱗まで呑み込んでしまった。鶏が動物質のものをあんなに喜んで喰べるのは初めて見たので、ちょっと意外な気がした。それよりも驚いたのは鯉である。伯父が、スープにした鶏の骨に庖丁を二、三度入れて、それを池へもって行くと、鯉がみんな浮いて来る。そしてその骨を喰うのである。二寸近くもある鶏の脚の骨を、二、三度不器用に大きい口で啣えたり吐き出したりしている中に、すっぽりと呑み込んでしまうのである。信州で蛹を喰う鯉を見た時には、何だか厭な気がしたのであるが、今度は余り意外なので全く驚いてしまった。ちっとも厭な感じが起らずに、かえってその太い骨を呑み込んで、悠々としている顔が滑稽にすら見えた。

深山にはいった気持は、雨の降る日が一番強く感ぜられる。由布山の頂は、大抵の日は雲がかかっているのであるが、それが段々降りて来ると、薄墨色の雲がこの盆地一杯に垂れこめて来る。すぐ前の林も隠されてしまう。時には窓から部屋の中へはいって来るのが、よく眼に見えることもある。気象学上の定義からいえば雨と称すべきものかも知れないが、その大粒の雲粒は、殆んど水平に近い線をなしてかなりの速力で飛んで行くのがよく見える。