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いきょう
異郷
寺田 寅彦
「明星 第二巻第六号」1922(大正11)年11月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,712 字 · 8 页
ハルツの旅
丘を下りて桜の咲き乱れた畑地の中の径をあるいた。柔らかい砂地を踏みしめながらあるいているうちに、かつて経験した事のない不思議な心持になって来た。それは軽く船に酔ったような心持であった。そして鉛のように重いアパシイが全身を蔽うような気がした。美しい花の雲を見ていると眩暈がして軽い吐気をさえ催した。どんよりと吉野紙に包まれたような空の光も、浜辺のような白い砂地のかがやきも、見るもののすべての上に灰色の悲しみが水の滲みるように拡がって行った。
「あなたはどうしてそんなに悲しそうでしょう。」
連れの女はこう云って聞いた。
「何も悲しき事はありません」と答える外はなかった。実際何も悲しい事はなかった。しかしまたすべてのものが悲しかったのも事実である。それは自分が悲しいのでなくてむしろ周囲の世界の悲しみが自分のからだに滲み込んで来るように思われるのであった。
これが郷愁というものだとはその時には気が付かなかった。
ハルツの旅
地理学の学生の仲間にはいって、ハルツを見に行った。霧の深い朝であった。霧が晴れかかった時に、線路の横の畑の中に一疋の駄馬がしょんぼり立っているのが見えた。