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いきょう
異郷
寺田 寅彦
「明星 第二巻第六号」1922(大正11)年11月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,712 字 · 8 页
壁を見ると日本の錦絵が沢山貼りつけてある。いずれも明治年代に出来た俗な絵草紙である。天井の隅には拡げた日傘が吊してある。棚や煖炉の上には粗製の漆器や九谷焼などが並べてある。中にはドイツ製の九谷まがいも交じっているようであった。
B氏は私の不審がっているのを面白そうに眺めるだけで、何の説明も与えてくれない。「まあ少し待ってくれ給え」と云っている。
奥の間からこの家の主婦が出て来た。髪が真黒で顔も西洋人にしてはかなり浅黒く、目鼻立ちもほとんど日本人のようである。少しはにかんだような様子をして握手をした。しかし何も話さないで黙ってコオヒイを入れ始めた。
B君の説明によると、この主婦の亡父は航海者であったそうである。両親がたまたま横浜に来ていた時に生れたのがこの娘であった。しかしまだ物心もつかないうちに本国に帰ってしまったので、日本の記憶と云っては夢ほどにも残っていないが、ただ生れた土地と聞くだけで日本の国土に対するゼエンズフトを懐いている。そしていつか一度日本人というものに会ってみたいと云っていた。それを知っているB君は、今日私を見ると、ちょうどいい獲物が掛かったと思って連れて来たのである。