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ぎわく

疑惑

江戸川 乱歩

「写真報知」報知新聞社、1925(大正14)年9月15日、25日、10月15日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,308 字 · 37 页

青空文庫

若しここから斧が落ちれば、どうなるだろう。きっとあの石にぶつかるに相違ない。石の上に人が腰かけていれば、その人を殺すかも知れない。そこで、中学校の物理で習った『落体の仕事』の公式を思出した。この距離で加速度がつけば、無論人間の頭蓋骨を砕く位の力は、出るだろう。

そして、その石に腰をかけて休むのが親父の癖なのだ。おれは思わず知らず、親父を殺害することを考えていたんだ。ただ心の中で思ったばかりだけれど、おれは思わずハッと青くなったね。どんな悪い人間にしろ、仮りにも親を殺そうと考えるなんて、何という人外だ! 早くそんな不吉な妄想を振い落してしまおうと思った。そこで、この極悪非道の慾望が、意識下に幽囚された訳だ。そして、その斧は俺の悪念をうけついで、チャンと元の木の股に時機の来るのをまっていた。この斧を忘れて来たというのが、フロイドの学説に従えば、いうまでもなく、おれの無意識の命じた業なんだ。無意識といっても普通の偶然のさく誤を意味するものではなくて、チャンとおれ自身の意志から発しているのだ。あすこへ斧をおき忘れておけば、どうかした機会に落ちることがあるだろう。