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しらねのふもと

白峰の麓

大下 藤次郎

「みずゑ」1910(明治43)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,238 字 · 45 页

青空文庫

あるまいしと、大いに怒って撲りつけたという。「東京でも所によると二尺位い積った年もあった」というたら、亭主は「へへー、それじゃ祭文語りは可愛想でした」と大笑いをした。

おかみさんは、商売物の水飴を箸に巻いてはしきりに勧める。「よしえボコ」は絶えず口を動かしていたが、終に牀の上から入口の土間に小用して、サッサと寝床へ入ってしまった。

「寒いおめはさせません」と、おかみさんは、小ざっぱりした蒲団を出して、幾枚も重ね、幾枚もかけてくれた。寝衣はないから、外套を脱いだばかり、着のみ着のままで横になる。雨戸もない窓の障子の、透間から吹き込む風はかなり冷い。

二十一

早川の山小屋よりも寝心地が悪い。柱時計の音は、十を数え十一を数え、十二を数えた。山中の夜は静かで、針を刻むセコンドは殊更に冴えて耳元に響く。やがて一時が鳴る。すぐ上の塒では一番鶏が啼く。ウトウトしながらも、二時三時と一つも聞き洩さずに一夜を過した。

窓が白む。ランプが消される。囲炉裡からは白い煙が立つ。一同が起きた。昨夜と同じく、榾火にあたりながら朝食をすます。「よしえ」は母親を急き立てて、黄八丈を出せという。