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しろが

白蛾

豊島 与志雄

――近代説話――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,700 字 · 22 页

青空文庫

数本の大木は鎮守の森で、そこには苔生した神社がある筈でした。木立が一列に並んでいる所には、たいてい深い河があって、堰の水音がしている筈でした。そして彼方、藪の向うに、大きな河の堤防があって、それを少し下流へ行ったところに、長い橋がかかっており、橋のたもとに、一軒の飲食店がありました。そこに、お千代さんという美しいひとがいて、彼がまだ中学生の頃、町の盆踊りを見に行った帰りの夜、どうしたわけか、店の二階の小さな室で、二人きり、酒を飲んで酔ったことがありました……。

そのような思い出を、彼、岸本省平が焼け跡のけちな耕作地の中に見出したのは、何故だかよく分りません。実際のところ、彼の思い出に最も大切な河川などは、焼け跡には一つもありませんでした。彼が散歩のように楽しんで往復する日暮里駅までの間には、市街電車が走っている谷間に、昔は、田端から不忍池へ流れる小川がありましたが、それはすっかり地下の暗渠となっております。その他に細流の痕跡さえもありません。河の堤防などは似寄りのものもなく、彼方の高台は広い谷中の墓地で、田舎に見られない五重塔が聳えています。

然し、人の感情の動きは、山川草木に関するものではなく、やはり人間に関するものでありましょうか。