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めらはかせのふしぎなはんざい

目羅博士の不思議な犯罪

江戸川 乱歩

「文藝倶楽部 探偵小説と滑稽小説号」博文館、1931(昭和6)年4月増刊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,493 字 · 31 页

青空文庫

見上る空は帯の様に細いのです。日も月も、一日の間にホンの数分間しか、まともには照らないのです。その底からは昼間でも星が見える位です。不思議な冷い風が、絶えず吹きまくっています。

そういう峡谷の一つに、大地震以前まで、僕は住んでいたのです。建物の正面は丸の内のS通りに面していました。正面は明るくて立派なのです。併し、一度背面に廻ったら、別のビルディングと背中合わせで、お互に殺風景な、コンクリート丸出しの、窓のある断崖が、たった二間巾程の通路を挟んで、向き合っています。都会の幽谷というのは、つまりその部分なのです。

ビルディングの部屋部屋は、たまには住宅兼用の人もありましたが、大抵は昼間丈けのオフィスで、夜は皆帰ってしまいます。昼間賑かな丈けに、夜の淋しさといったらありません。丸の内の真中で、ふくろが鳴くかと怪まれる程、本当に深山の感じです。例のうしろ側の峡谷も、夜こそ文字通り峡谷です。

僕は、昼間は玄関番を勤め、夜はそのビルディングの地下室に寝泊りしていました。四五人泊り込みの仲間があったけれど、僕は絵が好きで、暇さえあれば、独りぼっちで、カンヴァスを塗りつぶしていました。