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もうもくものがたり
盲目物語
谷崎 潤一郎
「中央公論」1931(昭和6)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 75,341 字 · 148 页
さてそれがすみましたところで、
「お市どの」
と、お呼びなされ、
「きょうまでのだん/\のこゝろづくしはたいへんうれしくおもいます。こういうことになるのだったら、去年のあきにそなたと祝言をするのではなかったが、いまそれをいい出してもせんないことだ。ついてはそれがし、いずこまでも夫婦いっしょにとおもいきわめていたけれども、しかしつく/″\かんがえてみるのに、そなたはそうけんいんさまの妹御であらせられるし、そのうえこゝにいるひめたちは故備前守のわすれがたみのことでもあるから、やはりこれは助ける方が道だとおもう。武士たるものが死んで行くのにおんなこどもを連れるにはおよばぬことだ。こゝでそなたをころしたら、かついえはいったんの意地にかられて義理にんじょうをわすれたと、世間のものは云うかも知れぬ。な、この道理をきゝわけてそなたはしろを出てくれぬか。あまり不意のようだけれども、これはよく/\ふんべつをしたうえのことだ」
と、おもいがけないおことばでござりまして、そう仰っしゃるおむねの中はさだめしはらわたもちぎれるほどでござりましたろうけれども、おこえにすこしのくもりさえなく、よどまず云いきられました