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かぐらざか
神楽坂
矢田 津世子
「人民文庫」1936(昭和11)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,611 字 · 40 页
それへ撫子模様の唐縮緬の蹴出しがかけてあった。爺さんは脱いだ絽羽織を袖だたみにしてこの蹴出しの上へかけてから窓枠へ腰を下してゆっくりと白足袋をぬぎにかかった。そこへおっ母さんがお絞りを持って上ってきた。
「さっきもね、お初と話していましたよ。今日でまる六日もおいでがないのだから、これあ、何か変ったことでもあるのかしら、あしたにでも魚辰さんへ頼んで様子をきいて貰いましょう、なんてね、お案じ申していたところでしたよ」
魚辰というのは馬淵の家へも時たま御用をききにいく北町の肴屋である。
「なにね、この二、三日ちょいと忙しかったもんで、それに、家の内儀さんがね、どうも思わしくないのでねえ」
爺さんはお絞りをひろげて気のすむまで顔から頸のあたりを撫でまわすとそれを手綱にしぼって一本にひきのばしたのをはすかいに背中へ渡して銭湯の流し場にでもいる時のように歯の間からしいしいと云いながら擦っている。
「お内儀さんがねえ、まあ、そんなにお悪いんですか」
隣りの箪笥から糊のついた湯帷子を出してきたおっ母さんはいつまでも裸でいる爺さんの背中へそれを着せかけた。
「何んしろ永いからなあ。