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しんけいすいじゃくてきやきゅうびがくろん

神経衰弱的野球美学論

坂口 安吾

「文学界 第一巻第四号」1949(昭和24)年6月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,681 字 · 8 页

青空文庫

このほど東大の神経科へ入院したおかげでいくらか病気がよくなってからの二週間ほどたいがい後楽園へ通った。

科長の内村裕之先生は往年の大投手であり今日でも野球ジャーナリズムの第一人者であるから、廻診の折、もう君、そろそろ、後楽園へ野球でも見物に行きたまえ、その方が気晴らしになる、とアッサリ先方から意外の外出を許された時は、僕も嬉しかったが、実は内々不安でもあった。実を申すと、まだ歩行がさのみ充分とは申されない。自動車、電車の往来がひどく気にかゝる。内村先生は一週一回の廻診であるから、僕の体力を外見から判断されてアッサリ野球見物をすすめて下さったわけだが、担当の千谷外来長は毎日回診して外見以上のことを熟知していられるから、僕がさっそく科長の言葉をタテにとり、じゃア後楽園へ行ってきます、と云うと、イケマセン、とも申すわけに参らず、ちょッと、悲しそうな顔をなさって、長く見てちゃア、いけませんよ、すこしだけ見て、帰ってらッしゃい、と仰有った始末であった。

千谷先生と申すのが、これ又、往年、梶原千谷というバッテリーで、一高から帝大にならした捕手、僕も大きい方だが、千谷さんはもう二廻りぐらい大きく、僕はグランドの勇姿を見なかったが、守備よりも打撃に秀で、四番を打った好打者だったそうである。