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わたしのせんせい

私の先生

林 芙美子

「文芸首都」1935(昭和10)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,888 字 · 6 页

青空文庫

先生の家族を停車場へおくって行ったのは生徒で私ひとりであった。私はそれからも、その先生の恩に報いるため、母にねだっては時々名物の飴玉を少しばかり送った。(坊ちゃんが二、三人あったように記憶していたので)暫くして、私たちの国語の教師には早大出の大井三郎と云うひとがきまった。まだ二十四、五のひとで、生徒たちにたちまち人気が湧き、国語や作文の時間が活気だってきた。夜なんかも、この先生の下宿先きには上級生たちがいっぱい群れていた。私はこの先生に文章倶楽部と云うのを毎月借りていた。大井先生はまた私に色々な本を貸してくれた。広津和郎の『死児を抱いて』と云う小さい本なぞ私は愕きをもって読んだものであった。

ある日、昼の休みに講堂の裏で鈴木三重吉の『瓦』と云う本を読んでいた。校長がぶらりとやって来て、此様な社会の暗黒面を知るような本を読んではいけないと云った。私は大変いい本だと思いますと云うと、そのあくる日の朝礼の時間に、校長がひとくさり、小説の害を説いて降壇すると、その後に若い国語の大井先生が「小説を読むふとどきな生徒がいることは困ったことです」と登壇された。