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わたしのせんせい

私の先生

林 芙美子

「文芸首都」1935(昭和10)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,888 字 · 6 页

青空文庫

私は学校中でもいけない部類の生徒になって、しまいには、何かが無くなっても私にかぶせられた。新らしい上草履を買ってはいていると、受持ちの図画の市河と云う教師に呼ばれて、その草履は誰それのものではないかと云われた。私は朝、自分でその草履を買ったばかりで名前を書くひまもなかったが、教室へ帰ると、その時ばかりは学校へ火をつけてやりたかった。その草履については、母が、お前の身分としては竹の皮の表でよいと云うのを無理矢理八銭ほどはまらせて、畳表の麻裏を買ったもので、あとで、同組の生徒が告げ口したと云うことを聞き、その生徒の前で怒鳴ったことがあった。私は、仲のいい友達がひとりもなかった。川添と云う少女とは組が別れて、私は英語の多い級にいたのでめったに逢えなかった。

私は一年生の時は百人の組で十一番であったが、卒業する折は、満足に卒業出来るかと心配した位で、好きな学課は、地理と英語と国語と歴史と作文と図画であった。どれも乙ばかりで、三、四年の頃好きだった図画も乙ばかりだった。図画の宿題には、講談倶楽部か何かの口絵を描いて来る少女が一番いいせいせきで、私のように静物や風景を写生してゆくのには、何時も乙か丙をくれた。