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わたしのおぼえがき

私の覚え書

宮本 百合子

「女性」1923(大正12)年11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,746 字 · 18 页

青空文庫

順当に行けば午前九時十五分に着くべき列車は十二時間延着で、午後九時過ぎ、やっと田端まで来た。私共の列車が、始めて川口、赤羽間の鉄橋を通過した。その日から、大宮までであった終点が、幸い日暮里までのびたのであった。厳しい警戒の間を事なく家につき、背負った荷を下して、無事な父の顔を見たとき、私は、有難さに打れ、笑顔も出来なかった。父は、地震の三十分前、倒壊して多くの人を殺した丸の内の或る建物の中にい、危うく死とすれ違った。私は、鎌倉で、親密な叔母と一人の従弟が圧死したことを知った。まさかと思った帝国大学の図書館が消防の間も合わず焼け落ちてしまったのを知った。

段々彼方此方の焼跡を通り、私は、何とも云えない寥しい思いをした。自分の見なれた神田、京橋、日本橋の目貫きの町筋も、ああ一面の焼野原となっては、何処に何があったのかまるで判らない。災害前の東京の様子は、頭の中にはっきり、場所によっては看板の色まで活々と遺っている。けれどもその場所に行っては、焙られて色の変った基礎石の上から、あった昔の形を築きあげることすら覚束ない。狭い狭い横丁と思っていたところが、広々と見通しの利く坂道になっている様などは、見る者に哀傷をそそらずにはいない。