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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

13 黒白帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,638 字 · 233 页

青空文庫

顕家のたてこもった天王寺の附近を中心とする堺ノ合戦、渡辺橋ノ合戦などは、このあいだに一勝一敗をくり返しつつ激烈をきわめ、戦場もここのみでなく、摂津、河内、和泉の野にわたる一円の火となっていた。

「よく戦った」

……思えば、と顕家もかえりみて悔いはなかった。

みちのく以来の、純で野性な若人たちも、あらましは戦場の野晒と化し去って、残るは少なく、多くは、以後の部下だった。

顕家は、その夜、感慨の中にいた。陣中用の小硯と小さい燭を机におき、深更まで何か筆をとっていたのである。外は暗い霧で、この夜も敵味方の声が海鳴りのように遠くでしていた。

顕家が夜をあかして書いた杉原紙十数枚にものぼる文章は、吉野朝廷へたてまつる彼の政治意見書であった。

上奏文の内容は。

兵革に苦しんでいる民の租税をかろくすること。

わけて地方政治に徳を布いて撫民の実を示さねば、国の乱は絶えないであろうということ。

それらの持論を前提に。

まず朝廷みずから「遊幸宴飲」の風習を廃め、一切の奢侈を禁じ、とくに公卿、官女、僧侶らの、

「機務ヲ蠧害シテ、朝廷ノ政事ヲ黷ス」

などの輩は、いわゆる朝恩に狎れて、みだりに、官職の栄を争う醜悪な輩と共に、すべて一掃しなければならないと断じ、時代の悪を、痛嘆しているものだった。