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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

13 黒白帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,638 字 · 233 页

青空文庫

「身に大任を蒙りながら、たとえ幾日にせよ、前線を空けて来たなどは、まったく、正行の不覚でした。さっそく駈けもどりまする。面目しだいもございません」

「いや、わかったらそれでいい。せっかく武勲かんばしい楠木廷尉の子なればこそ、その子の名をも惜しむのだ。わしの言は、父正成がいうものとして聞くがよい。……な。親房のこの姿も目に入るであろうが」

と、法衣のうえの黒革の腹巻を、たたくように示して。

「わが身すら、きょうの軍議の決で、すぐ武装いたしたのだ。親房が身を鎧うなどはめッたにはないことぞ。――したが聞えによれば、尊氏はこんどの出兵をもって、南朝絶滅の総ざらいのいくさと称え、高ノ師直、師泰を二大将とする軍のほか、さらに仁木、今川、細川、県、宇都宮、武田、佐々木(道誉)などの諸将をも、なおぞくぞく戦場へそそぎこんでいるという。――そして直義は男山に陣し、師直は河内へ入って東条を突き、また師泰は和泉へ攻め入る戦法とか。――これはゆゆしい。和泉のお味方はほとんど手薄だ。それゆえ親房自身、明日はここを立って、和泉へ向うつもりでおる」

「…………」

「さような時も時なる折に、敵の真正面にあたるべき帯刀正行が、一夜を母のふところへ帰って寝、また一日を悠々と、ここの行宮になど罷り出て来てよいものか。