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しほんたいへいき

私本太平記(一)

吉川 英治

吉川英治『私本太平記(一)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:私本太平記、私本太平記。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 246,214 字 · 495 页

青空文庫

「いえ、それだけは、たしかな先を聞いております。和子さまを負って、ひとまず、三河の吉良ノ庄へ行くつもりじゃ、と」

「そうか。三河の幡豆郡は足利党の領所。わしの血縁もおれば、右馬介の生家もある。さては、不知哉丸の身は、そこの生家において、ひそかに養育するつもりとみゆる」

「そこなれば、もう、御成人の日までも、安心なもの。――自分は、身軽となって都へ上り、死んだ気で、数年はお主にも誰にも、姿は見せまいと、誓うようにいっておりました」

「数年は姿を見せぬと」

「ええ、何やら、大きなお望みもあってとか」

高氏は、そう聞いて、いよいよ右馬介めが、この高氏の大望のため、その先頭を切ッたなと思った。

しかし、右馬介も右馬介だ、それならばそれと、なぜ意中を打明けて行かなかったか、と惜しく思う。彼の苦衷はべつとして、それは恨む。

――いや読めた。

さいぜん自分を下に組み敷いて暴言を吐いたとき、右馬介の眼には、あやしい涙が光っていた。

彼はわざと、こよいのような主従の袂別をして去ったのだ。大望の前途は、容易でない。それを励まそうための、鞭と諫言を、あんな態度でして去ったものにちがいあるまい……。