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しほんたいへいき
私本太平記(一)
吉川 英治
吉川英治『私本太平記(一)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:私本太平記、私本太平記。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 246,214 字 · 495 页
と、鞍わきから馬上へすすめる。
「お。これは甘露」
八献、十献、又太郎はたてつづけに飲む。
同様に右馬介もすすめられたが、彼は飲まない。むしろ又太郎の余りに人を疑わぬ態度も心もとなく、密かな警戒心を内に。
「土岐どの。当のお屋形はあと何里ほど」
「柏原はすぐでござるが、なお伊吹へかけて少々登るので」
「では、伊吹山の中腹か」
「されば、ちと急がぬことには」
さてこそ、ここの“待ち家来”は松明持ちのためかとわかった。
柏原から北へ、やがてまた、伊吹の裾をやや登ってゆく。もちろん宵はとッくに過ぎていた。やがて縞目をなす杉林のおくに、高楼の灯やら庭上の篝火やら、そこの一郭だけが蛍かごのように明るく見えた。
先に帰館した高氏の命か、総門内では、衆臣が立ち迎える。ただちに、又太郎主従は客殿へ、また湯殿へ、そして、膳部まで出てしまった。夜はすでに晩かったし、疲れもある。で、対面は翌日にという配慮らしい。
「さすが花奢だな、右馬介」
「おなじ守護大名ながら、下野国の御家風と、ここの佐々木屋形では」
「まさに、月とすっぽん」
――翌朝、起き出てみると、総曲輪は砦づくりらしいが、内の殿楼、庭園の数寄など、夜前の瞠目以上だった。