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かがくとぶんがく
科学と文学
寺田 寅彦
「世界文学講座」1933(昭和8)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,562 字 · 50 页
ただ物質と物質的エネルギーの場合とちがって、対象のすべてが作者の中にあるのであるから、その作者が最も鋭利な観察と分析と総合の能力をもっていない限り、これらの実験が失配に終わることはもちろんである。
しかし、こういう実験が可能であるということは古来今日に至るまでのあらゆるすぐれた作品がこれを証明している。シェークスピアとかドストエフスキーとかイブセンとかいう人々は、人間生死の境といったような重大な環境の中に人間をほうり込んで、試験檻の中のモルモットのごとくそれを観察した。しかしまたチェホフのような人は日常茶飯事的環境に置かれた人間の行動から人性の真を摘出して見せた。そうしてわが日本の、乞食坊主に類した一人の俳人芭蕉は、たったかな十七文字の中に、不可思議な自然と人間との交感に関する驚くべき実験の結果と、それによって得られた「発見」を叙述しているのである。
こういうふうに考えて来ると、ほとんどあらゆる種類の文学の諸相は皆それぞれ異なる形における実験だと見られなくはない。
写実主義、自然主義といったような旗じるしのもとに書かれた作品については別に注釈を加える必要はない。