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いのうはりまのかみ
稲生播磨守
林 不忘
「講談倶楽部」講談社、1935(昭和10)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,172 字 · 29 页
天保のすえ、小石川御箪笥町の稲生播磨守の上屋敷。
諸士の出入りする通用門につづく築地塀の陰。夕方。杉、八つ手などの植込みの根方に、中小姓税所郁之進と、同じく中小姓池田、森の三人が、しゃがんで話しこんでいる。
池田は昂奮し、税所郁之進は蒼白な顔で、腕を組み、うなだれている。
池田 君主は舟、臣は水。舟を浮かべるは水なり。舟を覆すもまた水なり。為政者の心すべきところだ。それだのに殿は――。
森 しっ! 人に聞かれたらどうする。税所の迷惑を考えろ。
奥に何か催しがあるらしく、羽織袴の藩士たちが続々門をはいって来て、声高に談笑しながら、三人の横を通り過ぎて行く。
池田 いや、このたびの殿の御乱行には、彼らの中の心ある士は、みな眉を顰めておるのだ。聞こえたとてかまわん。
森 税所! 貴公の心中は察するぞ。いったいいつこんなことになったのだ。
郁之進 (二十四、五の美男。低いふるえ声で)もうその話は止してくれ。おれは何とかして忘れよう、この胸から取り去ろうと努めているのに、君らはそうやって僕を問い詰めるとは惨酷じゃあないか。
池田 (森と顔を見合わせて)もっともだ。そう思うのも無理はない――が、おれたちは貴公に同情して、友人として君を慰めようと――。