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ほたかだけ
穂高岳
幸田 露伴
「上高地」筑摩電氣鐵道、1928(昭和3)年7月30日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,464 字 · 3 页
前のは動的であるが、これは静的である。前のは吾が感官や神思が働いているのであるが、これは時間が脱したようなのであるから、次第を以て動く余地も無く、ハタと衝当った瞬間に、吾が目は看ているに相違無く、吾が耳は聞いているに相違無く、吾が魂は何物かに対しているに相違無いが、時間というものを除けば万物は静止するような道理で、吾も吾にあらず、彼も彼ならざるが如くになって、吾が魂の全部が対境の全部であり、対境の全部が吾が魂の全部であるようになり、即ち自他一如、心境同融の宗教的光景に入る場合である。それは即ちアッと云って心身脱落したようになってその神境的山岳にたいした場合である。
乙女峠で富士を瞰るのもそれである。駿河の海上から富士を看るのもそれである。高山で日出を看るのもそれの類である。徳本峠を上りきって穂高を望むのもそれの雄なるものである。
自分の上高地に至ったのは若葉のときであった。徳本峠は島々から馬で其頂上まで辿ることにした。老躯をいたわったのであった。然し馬上でも余り心も身も楽では無かった。峠は頂上に近づくに従って勾配も強くなり、路は電気形になった。まだ雪が路傍に残っているのを目にするようになった。