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ほたかだけ

穂高岳

幸田 露伴

「上高地」筑摩電氣鐵道、1928(昭和3)年7月30日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,464 字 · 3 页

青空文庫

山風は寒くなった。もう頂まで何程も無いというので馬を降りようと心構えしていると、突然として残雪の非常に多いところを一転して過ぐる途端に、馬頭に当って眼前は忽として開けた。もう自分は頂上に立っていたのである。眼前脚下は一大傾斜をなして下っていて、其の先に巍然として雄峙している穂高は、其の壮烈儼偉な山相をムンズとばかりに示していた。ただもう巍峩という言葉よりほかに形容すべき言葉はない。眼の前に開けた深い広い傾斜、其向うの巍々堂々たる山。何という男らしい神々しさを有った嬉しい姿であろう。思わず知らず涙ぐましいような心持になって、危く手をさしのべたいような気がした。吾が魂に於て彼を看たのか、彼に於て吾が魂を看たのか、弁えがたいような瞬間があった。実に嬉しかった。好い心持であった。

其日、其翌日、穂高の山の近くを歩きまわった事は勿論である。それは前に挙げた吾が魂を以て山を縫ったのである。それも勿論嬉しいものであった。然し徳本峠の一瞬は最も嬉しかったものとして永く記憶に遺った。

(昭和三年七月)