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あな

穴

黒島 伝治

1928(昭和3)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,328 字 · 23 页

青空文庫

帰るには、階段をおりて、暗い廊下を通らなければならなかった。そこを逃げ出して行く。両側の扉から憲兵が、素早く手を突き出して、掴まえるだろう。彼は、外界から、確然と距てられたところへ連れこまれた。そこには、冷酷な牢獄の感じが、たゞよっていた。「なんでもない。一寸話があるだけだ。来てくれないか。」病院へ呼びに来た憲兵上等兵の事もなげな態度が、却って変に考えられた。罪なくして、薄暗い牢獄に投じられた者が幾人あることか! 彼はそんなことを思った。自分もそれにやられるのではないか!

長い机の両側に、長い腰掛を並べてある一室に通された。

曹長が鉛筆を持って這入って来て、彼と向い合って腰掛に腰かけた。獰猛な伍長よりも若そうな、小供らしい曹長だ。何か訊問するんだな、何をきかれたって、疑わしいことがあるもんか! 彼は心かまえた。曹長は露西亜語は、どれくらい勉強したかと訊ねた。態度に肩を怒らしたところがなくて砕けていた。

「西伯利亜へ来てからですから、ほんの僅かです。」

云いながら、瞬間、何故曹長が、自分が露西亜語をかじっているのを知っているか、と、それが頭にひらめいた。