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あな

穴

黒島 伝治

1928(昭和3)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,328 字 · 23 页

青空文庫

「話は出来ますか。」曹長は気軽くきいた。

「どっから僕が、露西亜語をかじってるんをしらべ出したんですか?」

「停車場で君がバルシニャ(娘)と話しているのをきいたことがあるよ――美人だったじゃないか。」

「あの女は、何でもない女ですよ。何も関係ありゃしないんです。」彼は、リザ・リーブスカヤのことを思い出して、どぎまぎして「胸膜炎で施療に来て居るからそれで知っとるんです。」

「そう弁解しなくたって君、何も悪いとは云ってやしないよ。」

曹長は笑い出した。

「そうですか。」

慌てゝはいけないと思った。

曹長は、それから、彼の兄弟のことや、内地へ帰ってからどういう仕事をしようと思っているか、P村ではどういう知人があるか、自分は普通文官試験を受けようと思っているとか、一時間ばかりとりとめもない話をした。曹長は現役志願をして入営した。曹長にしては、年の若い男だった。話し振りから、低級な立身出世を夢みていることがすぐ分った。彼は、何だ、こんな男か、と思った。

二人が話している傍へ、通訳が、顔の平べったい、眉尻の下っている一人の鮮人をつれて這入って来た。阿片の臭いが鼻にプンと来た。