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りゅうたんだん
竜潭譚
泉 鏡花
「文芸倶楽部」1896(明治29)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,899 字 · 30 页
行く方も躑躅なり。来し方も躑躅なり。山土のいろもあかく見えたる、あまりうつくしさに恐しくなりて、家路に帰らむと思う時、わが居たる一株の躑躅のなかより、羽音たかく、虫のつと立ちて頬を掠めしが、かなたに飛びて、およそ五六尺隔てたる処に礫のありたるそのわきにとどまりぬ。羽をふるうさまも見えたり。手をあげて走りかかれば、ぱっとまた立ちあがりて、おなじ距離五六尺ばかりのところにとまりたり。そのまま小石を拾いあげて狙いうちし、石はそれぬ。虫はくるりと一ツまわりて、また旧のようにぞ居る。追いかくれば迅くもまた遁げぬ。遁ぐるが遠くには去らず、いつもおなじほどのあわいを置きてはキラキラとささやかなる羽ばたきして、鷹揚にその二すじの細き髯を上下にわづくりておし動かすぞいと憎さげなりける。
われは足踏して心いらてり。その居たるあとを踏みにじりて、
「畜生、畜生。」
と呟きざま、躍りかかりてハタと打ちし、拳はいたずらに土によごれぬ。
渠は一足先なる方に悠々と羽づくろいす。憎しと思う心を籠めて瞻りたれば、虫は動かずなりたり。つくづく見れば羽蟻の形して、それよりもやや大なる、身はただ五彩の色を帯びて青みがちにかがやきたる、うつくしさいわむ方なし。