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どうてい

童貞

豊島 与志雄

「中央公論」1925(大正14)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,314 字 · 13 页

青空文庫

……そこへ、大きな地震でも来て、がらがらっとなって、二人だけ生き残って逃げ出す……。

馬鹿な……。だが、何もかもひっくり返ってしまえ、濛々となってしまえ。

日の光が恐れられた。……暗く、天地晦冥になってしまえ。

胸が切なくしめつけられて、きりきり痛んだ。二重眼瞼の眼がちらちらして、目近に微笑んでいた。

電車や自動車や自転車が、素張らしい勢で走っていたけれど、みな、宙を飛ぶようにふわふわしていた。着飾った女共が、どいつもこいつも醜かった。通り過ぎる男共は、馬鹿げた顔をしていた。……だがそんな奴、俺は天下に一人も用はないんだ。

痛む胸に彼女の眼付を秘めて、一心に想い耽って、当もなく歩き続けた。

犬の仔が幾匹も面白そうにふざけていた。

決心をきめて、眼を据えながら家に帰ってきた。母の出よう一つでは、こちらにも覚悟がある、と思っていた。

ところが……口元に笑みを浮べて、やさしい眼付で迎えられた。

「気分はどうなんです。」

「何でもありません。」

不機嫌にぶっきら棒に答えたつもりだったが……。

「どうしたんです。面白そうに……にこにこした顔をして……。」

びっくりして、きょとんと首を傾げてみた。