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はこねのやま
箱根の山
田中 英光
「文藝春秋 別冊2」1946(昭和21)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,963 字 · 33 页
もう道草を食わなくなり、「アコネノヤマ」も歌わなくなった。箱根八里のうち、湯本から元箱根まで約半分としても四里はある。四里の嶮しい山路を満五歳の幼児に歩かせるのは無理だろうか。無理でも何でも歩かせてやろう。人間がこうと目的を立てた事を中途で止める位なら死んだほうが増しだ。「首になりても一念は達すべきなり」弱いバカな親父は歯を食いしばり、その言葉を繰返しては、自分の希望への路を歩き続けている。それにこれからの嵐の時代を思えば、子供がどのような方向に進むにしろ、自分の信念さえ持てない弱い現代人になる事のないように。それ故、今、子供を甘やかす事は当人にとってかえって不幸に違いない。その時の戦局、社会、人の気持、いずれを考えても生易しいものではない、生易しい心では生きていても仕方がない、とバカな親父はガムシャラに信じていて、たとえこのために扁平足になり、あるいは病気になっても、いま弱い心を抱かすよりは増しだと、自分が末ッ子の甘え坊であったために、随分、余計に苦しんで来た事を思い出しながら、真剣な一種悲壮な気持にさえなって、幼な子のヨチヨチした足取りを睨んでいた。