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はこねのやま

箱根の山

田中 英光

「文藝春秋 別冊2」1946(昭和21)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,963 字 · 33 页

青空文庫

いま初めて原始的な山気にふれ、その野性の呼び声を感じている。疲れも忘れた、歓喜の幼ない眼を見ては、私も、「そうだ、これがお山だよ」と単純に肯定するより他はなかった。

それから一郎は、うって変った元気さで、その近路を通りすぎたが、さアそれからは近路が病みつきになり、「お山に登るんだ、お山に登るんだ」とばかり近路を見つけると喜び勇んで、藪叢も構わず掻きわけては潜りこんで行く。初めの中こそ、バカな親父も大きな胴体を一緒にその中に突っ込んで、茨に掻かれたり、滑ったり、傷だらけ泥だらけになったりしていたが、そのうち私はうんざりして来ると共に、一郎が精力を浪費するのも気になって、再び道を行くなら大道でなければならぬ、と自分にも言い聞かせ、一郎の近路を許さぬ方針にしたところが、そうすると眼に見えて一郎は弱って来た。いかにも疲れ切った様子で、しょんぼり後から俯向いてのこのこついて来たり、時々、辛そうに路に蹲みこんでしまう。その度に、大声叱※(「口+它」、第3水準1-14-88)して、歩かせるが、道のりの見当が未だつかないし、どこで飯にありつけるかも判らない。それでも双子山は大方頂上近く登って来ていたから、ひとつ元気をつけてやろうと、「一郎、一郎、来てごらん、とっても高いよう」