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そこつひょうばんき

粗忽評判記

山本 周五郎

「富士」大日本雄辯會講談社、1929(昭和14)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,942 字 · 28 页

青空文庫

むやみにどうだどうだと云って笑っている。久之進も笑いだした、二人でしばらくけらけらと笑っていたが、やがて碁のことには一言も触れず、揃って庭のほうへ出て行ったところをみると、両方とも何を間違えて可笑くなったのか、分らずじまいらしかった。

壱岐守はことあるたびに、久之進は粗忽者だからと云う。けれどもそれは非難の言葉ではなくてむしろ寵愛の意味であった。久之進は十五歳の時から御硯役といって、もう七年もお側去らずに仕えているが、じつをいうと壱岐守明敬とは血続きになっていた。つまり久之進の母は明敬の母の妹で、君臣の関わりを除けば従兄弟に当るのだ。もっとも明敬が久之進を離さなかったのはそういう血縁からきたものではなく、お互いの粗忽さが共通点となって結び着いたものらしい、もう少し穿った言いかたをすれば、久之進は粗忽者だから、ということによって、いくらか明敬の負担を軽くしている傾きさえあるのだ。

元禄九年という年の春のある日、

「久之進、改めて訊ねるが」と明敬がひどく意気ごんで云った、「そちは矢表ということを存じているか、いや矢表に後れをとらぬ自信があるか」

「突然そう仰せられましても……」