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ぜつえんたい
絶縁体
豊島 与志雄
「世界」1952(昭和27)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,752 字 · 38 页
それも風雨に黒ずんでいた。そしてこの正信という名の方は誰の頭にも留まらず、ただ市木さんというだけで知られていた。
市木さんはもう六十歳近い年配だと見えるのだったが、そのわりには幼い一男一女があった。男の子は小学校に通っており、女の子は女学校に通っていた。どちらも粗末な服装で、肱のあたりに四角な布が無造作に縫いつけてあったりした。市木さん自身で修繕してやったものらしかった。三人きりの家族で、妻も女中もいなかった。
日用品や食物の買い出しに、市木さんは自分で出かけた。だがその様子は、用事があって外出してるのだとは見えないし、散歩をしてるのとも違い、ただ飄々と歩いてるとしか思えなかった。
額は少し禿げ上っていたが、半白の頭髪は濃く長く、頸筋にそよいでいて、いつも無帽だった。大柄な眼鼻立ちで、頬の肉附きはよく、髯はなかった。夏はシャツ一枚、他の季節には褐色のジャンパーを着、冬には黒いオーバーをひっかけ、いつも短いズボンに下駄ばきだった。出かけるのは晴れた日に限っていて、雨降りにその姿を見かける者はなかった。
そしてたいてい、竹編みの大きな籠を、長い紐で肩からぶらさげていた。