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ぜつえんたい

絶縁体

豊島 与志雄

「世界」1952(昭和27)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,752 字 · 38 页

青空文庫

その籠の中に、たいてい、スケッチブックを入れていた。それからたいてい、太い杖か一管の尺八を持っていた。竹籠は買物のためであって、いろいろな品物でふくらんでることがあった。スケッチブックはめったに使われることがなかったが、なにか興趣ひかれる事物に出逢った場合のための用意だったろう。それから、杖はよいとして、尺八に至っては誰にも合点いかなかった。然し、近隣の人々は、深夜、嚠喨たる尺八の音を度々聞かされていたし、たぶん、手馴れてるままに彼はそれを携えていたのであろう。

そのような姿で、市木さんは飄々乎と歩いていた。近所の人々に出逢っても、会釈もせず、振り向きもしなかった。人々の方でも、微妙な気持ちから、なんとなく素知らぬ風を装うのだった。市木さんはいつも真正面を向いていて、左右に眼を配ることなく、後ろを振り返ることがなかった。周囲に全然無関心のようだった。

幅の広い街路などには、子供たちが集まって騒いでることがあった。そういう所も、市木さんはすーっと、然しゆっくりと、真直に通りすぎていった。子供たちはへんに静まって、市木さんの後ろ姿を見送り、それからまた騒々しい遊びを始めるのだった。