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むこ

聟

宮本 百合子

「読売新聞」1934(昭和9)年1月7日、9日、11日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,901 字 · 8 页

青空文庫

詮吉は、やがて冗談めかした調子で云った。

「――心配ごとでも出来ましたか」

「いいえ、心配ごとっていうのじゃありませんけれどね、もしあなたがお暇だったら、一つきいて頂きたいと思うことがあるもんで……」

詮吉は自分の身に何か関りのあることを直覚し、

「小母さん、よかったら二階へ来ませんか」

そう云いながら猫板の上からハンケチをとり、立ち上った。

「僕は着物きかえるから……」

間もなくお豊がわざわざ買っておいたらしい近所の海老せんべいと茶道具とをもって、あがって来た。

いけてあった瀬戸火鉢の火をほげながら、

「木村さんとこは、日数にすれば浅いおなじみなわけなのに、どういうもんか、私は他人と思えないような気がするんですよ」

足で蹴るような恰好をして帯を巻きつけている詮吉を後から見上げ、お豊はしんみりした調子で云った。

「私もこれまでには、随分多勢の若い方を見て来ましたが、お世辞でなく、あなたのような方ははじめてですよ。私は、ただのおひとじゃないと思って見ておりますよ」

とっさに言葉が出なかった。今の今まで、自分がごく平凡な一勤め人として母娘の目に映っている。そう詮吉は安心して、下の人たちの細かい親切をよろこんでいたのであった。