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むこ
聟
宮本 百合子
「読売新聞」1934(昭和9)年1月7日、9日、11日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,901 字 · 8 页
言葉につまったような詮吉の顔を見ると、お豊はいかにもこだわりなく、
「そんな顔しなさらないでようございますよ」
母親らしく声を立てて笑った。
「私はこういう生れつきで、腹にないことは云えない性分ですからね」
永年二階をかして見て、下宿料をきちんと納めるひとは世間に数が少くはない。遊ばない若い者というのも考えているよりは多勢あるものだ。けれども、勤めの愚痴を一言も云わないで、どんなときでもいそいそと出かける人間というものはないものだ。
「それはねえ、木村さん、誰しも愚痴が出るもんですよ。雨でも降ると、靴をはきながら、ああいやんなっちゃうな、とか、ちっとくさくさしたことがあって帰って来ると、ああァあんなところはもう明日っからやめちゃいたいとかね。あなたばっかりは、うちへいらしてからこの方降ろうが照ろうが、本当にこれから先もこぼさず、勇んで出かけていらっしゃる。――なみのお勤めの方には出来ないことだと私は感服しておりますよ」
詮吉は思わず唸るような気持になり、
「――なるほど……そういうもんですか」
と云った。周密なつもりでも、詮吉はそこまでは思い及ばなかったのである。