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はだいろのつき

肌色の月

久生 十蘭

「婦人公論」中央公論社、1957(昭和32)年4~8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 50,706 字 · 101 页

青空文庫

一晩だけならお宿をしようというので一泊することにきめた。六時半ごろ大池と夕食をし、食後一時間ほど湖畔を散歩し、八時近く、ロッジに帰ると、大池はすでに二階の寝室に引取って広間には居なかった。宇野久美子はその後、大池忠平を見ていない……翌、二十二日、午前八時ごろ、湖水会の管理人、石倉梅吉が自転車で大池の在否を聞きに来たので、宇野久美子は不在だと答えた。同日、十時ごろ、石倉から、大池さんは湖水に投身自殺されたらしいという報告を受けた……だいたい、こんなところだ」

そういうと、畳紙の写真挟みから手札型の写真を出して久美子に渡した。

「それが大池忠平の顔写真だ……湖水の分れ道で君を拾ったのがその男だったはずだ。写真を見て確認してくれたまえ」

久美子は仰臥したまま、写真を手にとって見た。

「これはあたしを拾ったひととちがうようだ」

よく似ているが、誰か別な人間の顔だ。

プリムスに乗っていた大池忠平の顔には、生活の悪さからくる陰鬱な調子がついていたが、写真の顔はどこといって一点、翳りのない明るい福々とした顔をしている。額の禿げかたもちがう。プリムスのひとの額は、面擦のように両鬢の隅が禿げあがっていたが、写真のほうは、額の真甲から脳天へ薄くなっている。