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かんぞうせんせい

肝臓先生

坂口 安吾

「文学界 第四巻第一号」1950(昭和25)年1月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,194 字 · 46 页

青空文庫

先生は肝臓に手をあて、強く押して診察した。

「流行性肝臓炎だ。しかし安心するがよいよ。おうちへつくと、じきに治る薬をあげますよ」

ちょうど先生がこう言った時だった。爆音がきこえた。にわかに、ちかづいた。こっちへ来る!

アッと思った瞬間に、私は施す術もなく、ただ、すくんで、待つばかりであった。

「伏せ! 伏せ!」

先生は叫んだ。伏すことのできない私を、怒りをこめて、にらんだ。その先生は伏さなかった。

飛行機は私たちの舟をめがけて急降下する。先生はそれをジッとにらんでいる。耳を聾する爆音。すべてが、メチャ/\にひっくりかえった。

気がついたとき、私は海上を漂っていた。かたわらに、小舟が真二ツにわれている。娘が歯をくいしばって、浮いている。しかし、先生の姿はなかった。

そして先生の姿は永久に消え、再び見ることができなかった。遺品の一つといえども、浜に打ちあげられてこなかったのだ。

壮烈なる最期である。しかし、あまりにも、なさけない。どうして私が死に、先生が助かることが出来なかったのだろう。

思えば地上にすら人影ひとつ動くもののないとき、一艘の小舟のみが海上を漂うことのいかに冒険であったことか。