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おきつやごえもんのいしょ

興津弥五右衛門の遺書

森 鴎外

「中央公論」1912(大正元)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,046 字 · 14 页

青空文庫

と申す古歌に本づき、銘を初音とつけたり、かほどの品を求め帰り候事天晴なり、ただし討たれ候横田清兵衛が子孫遺恨を含みいては相成らずと仰せられ候。かくて直ちに清兵衛が嫡子を召され、御前において盃を申付けられ、某は彼者と互に意趣を存ずまじき旨誓言いたし候。しかるに横田家の者どもとかく異志を存する由相聞え、ついに筑前国へ罷越し候。某へは三斎公御名忠興の興の字を賜わり、沖津を興津と相改め候様御沙汰有之候。

これより二年目、寛永三年九月六日主上二条の御城へ行幸遊ばされ妙解院殿へかの名香を御所望有之すなわちこれを献ぜらるる、主上叡感有りて「たぐひありと誰かはいはむ末ふ秋より後のしら菊の花」と申す古歌の心にて、白菊と名附けさせ給由承り候。某が買い求め候香木、畏くも至尊の御賞美を被り、御当家の誉と相成り候事、存じ寄らざる儀と存じ、落涙候事に候。

その後某は御先代妙解院殿よりも出格の御引立を蒙り、寛永九年御国替の砌には、三斎公の御居城八代に相詰め候事と相成り、あまつさえ殿御上京の御供にさえ召具せられ候。しかるところ寛永一四年島原征伐の事有之候。某をば妙解院殿御弟君中務少輔殿立孝公の御旗本に加えられ御幟を御預けなされ候。