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えいほんどじょうりくせんのぜんや
英本土上陸戦の前夜
海野 十三
「新青年」1941(昭和16)年 2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,727 字 · 72 页
そのうちに、彼の表情に、困惑の色が浮んできた。小首をかしげると、呻くようなこえで、
「……わからない。何のことやら、全然わけがわからない」
と、英語でいった。
溜息とともに、彼は、監獄の門に尻をむけて、舗道のうえを、また歩きだした。もう別に、速駆けをする気も起らなくなったらしく、その足どりは、むしろ重かった。
「……わからない」
彼は、つぶやきながら、歩いていった。どういうわけか、約一週間前から過去の記憶が、全然ないのであった。なんのため、監獄に入れられていたのか、そしてまた、自分がどういう経歴の人物やら、さっぱり分らないのであった。全く、気持がわるいといったらない。
警笛が、後の方で、しきりに鳴っていた。彼の思考をさまたげるのが憎くてならないその警笛だった。
なにか、やかましく怒号をしている。そして警笛は、気が違ったように吠えている。
彼は、うしろを振り向いた。
と、大きな函のトラックが、隊列をなして、彼のうしろに迫っていた。
彼は、轢殺される危険を感じて、よろめきながら、舗道の端によった。
とたんに一陣の突風と共に、先頭のトラックが、側を駆けぬけた。