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えいほんどじょうりくせんのぜんや

英本土上陸戦の前夜

海野 十三

「新青年」1941(昭和16)年 2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,727 字 · 72 页

青空文庫

彼は、車を頼んで、ブルートの町へ急がせた。

「旦那、ブルートの町へ来ましたが、どこへいらっしゃいますね」

「もうすこし先だ。左手に、くるみの森のあるところで下ろしてくれたまえ」

「へい。すると、監獄道のところですね」

「ああ、そうだよ」

彼は、運転手に、心の中を看破られたような気がした。

「ドイツの飛行機は、監獄なんか狙って、どうするつもりですかね」

「えっ」

「いや、つまり、ブルートの監獄を爆撃して、あんなに土台骨からひっくりかえしてしまって、どうする気だろうということですよ」

「なに、ブルートの監獄は、爆弾でやられたのかね」

「おや、旦那、御存知ないのですかい。もう四日も前のことでしたよ。尤も、聞いてみれば、監獄の中で、砲弾を拵えていたんだとはいいますがね」

「ふーん、そうか。やっちまったのかい」

彼は、天を恨むより外、なかった。車を下りてみると、森の向うは、まるで地獄のように、引繰りかえっていた。あの広壮な建物という建物は一つとして影をとどめず、壁は、歯のぬけた歯茎のようになっていた。彼は、これより内へ入るべからずという縄張のところまで出て、すっかり見ちがえるような監獄跡に佇んで、しばし動こうともしなかった。