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きくにんぎょう
菊人形
宮本 百合子
「大衆クラブ」1948(昭和23)年第9号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,991 字 · 16 页
空の雲を水の面にうつして流れている水は町へ入ったそのあたりから左右を石崖にたたまれ、その崖上の藪かげ、竹垣の下をどこへか行っていた。わたしたち子供は、田圃のなかから川について町へ出て来るから、いつも流れをさかのぼっていたわけだった。不忍池から源を発している小川だったのだろう。
藍染川と母たちがよんでいたその石橋のところが、ちょうど、谷中と本郷の境のようになっていた。動物園から帰って来るとき、谷中のお寺の多いだらだら坂を下りて、惰力のついた足どりでその石橋をわたると、暫く平地で、もう一つ団子坂をのぼらなければ林町の通りへ来られなかった。
藍染川と団子坂との間の右側に、「菊見せんべい」の大きな店があった。ひろい板じきの店さきに、ガラスのついた「せんべい」のケースがずらりと並んでいた。ケースの上に菊の花を刷って、菊見せんべいと、べいの二つの字を万葉がなで印刷したり、紙袋が大小順よくつられている。菊見せんべいを買いにゆくと、店番が、吊ってある紙袋を一つとって、ふっとふくらまし、一度に五枚ずつ数えてその中に入れ、へい、とわたしてよこした。ふくらんで軽い大きい紙袋をうけとったとき、おいしい塩せんべいの匂いがした。